3.デジカメ写真のあれこれ(西暦別)

 6)西暦2005年のデジカメ写真(Part5)

26 琵琶湖烏丸半島にある草津市立水生植物公園みずの森へ、
             スイレンとハスを撮影に行く
  (2005.07.07)
 インターネットでスイレンの咲くところを検索していたら、琵琶湖烏丸半島にある草津市立水生植物公園みずの森がヒットした。(URLは、http://www.mizunomori.jp/ です。)
 このホームページのトピックスに掲載されていたスイレンとハスの開花状況や、スイレン図鑑を見ていて、梅雨の天候次第で出かけようと思っていた。電話で開花状況や駐車場の入場可能時間などを問い合わせ、梅雨前線が南下して久しぶりに不安定ながら天気が良くなるとの予想に、早朝5時過ぎに出発した。一路京滋バイパスの高速道路を利用し、早朝であったので通勤ラッシュの渋滞にも合わず、順調そのものの走りで6時半には到着した。
 みずの森の開園時間は午前9時ということもあって、風力発電の大きな羽根がゆっくりと回っている東側にある、湖面一杯に広がるハスの群生地を散策することにした。情報では7月中旬以降が見頃となっていたが、所々に咲き始めている写真も掲載されていたので、足早に向かっていくと、既に10人程度のカメラマンが三脚を立てて撮影中であった。出会う人に、『おはようございます。』との挨拶をして、ハスの撮影場所を探しながら撮影を開始した。当初9時頃から晴れの天気予報が、昨晩では正午からとなっていて中止も考えたが、腕が鈍る?ということもあって来たものの、やはり日が照らない曇り空。おまけに風がそよそよと吹くために、ハスや葉っぱは左右に揺れるし、湖面には小さなさざ波も立つ。
 形の良いハスを、当方の28-300mmの望遠ズームでは一杯に撮影できないことから、諦めて少し広がった構図でハスを遠くから撮影していた。岸辺を歩いていたカメラマンから、『そんなに遠くから撮影していたら、ハスをピシッと撮影することはできませんよ。』とアドバイスを受けた。彼は同じデジイチ20Dに、大きなLレンズに頑丈な三脚を担いでおられた。判ってはいるが、ハス一輪をアップで撮影ができないからと思ってみても、撮影できる格好の良い被写体も見あたらないし、対応するレンズの持ち合わせもないので、羨ましい限りである。ハス群生地を少し先まで歩いていったが、回り込んだところから引き返した。途中、ハスのアップ写真を撮影するとき、ファインダーの中心をよくよく見ると、なにやらゴミらしきものが付着している様子に、護岸に腰掛けてレンズを外して覗いても同じだし、レンズやカメラ接眼部を拭いて透かしてみても、変化がない。カメラのミラー部かプリズムマット部にゴミが付着したのだろうと思い、また撮像素子でないことを祈りながらの撮影となった。帰宅後、パソコンに取り込んで画像を拡大して見たが、ゴミらしきものは写っていなかったが、取り敢えず清掃に出してみようかな。だが、価格.comのくちコミ情報にも、ファインダー内のゴミのことが記載されていて、画像側に問題がなければ余り神経質にならない方がよいとのコメントも載ってあるので、しばらくは、様子見としよう。
 やがて9時前となったので、ハスの撮影を諦めてみずの森に行く。入園料300円を払って入場したときに、「写真を撮られるお客様へのお願い」をいただいて一読する。三脚使用の撮影は、お願い事項に配慮すればOKということであったので、重いアルミ三脚を基本的に多用することにして、早速鉢植で咲いていたスイレンを撮影した。コミュニティー広場の噴水の周りには、鉢植えのハスやスイレンも咲いて、カメラマンの絶好の被写体となっており、カメラマン各人は、思い思いのアングルで撮影されている。教材園でもスイレンやハスなどが栽培されていて、綺麗な花を撮影してロータス館にあるアトリウムに急ぐ。
 アトリウムに入るやいなや、汗が一挙に噴き出してきて、ハンカチで拭いても直ぐに汗がにじむ。綺麗に色鮮やかに咲いている熱帯性スイレンを、三脚を付けての撮影や、手持ち撮影で奮闘する。特にカメラマンに人気の高い、赤花の夜咲き性の熱帯性スイレンのレッド・フレアが一つだけ大きく開いている。このスイレンは、撮影中徐々にしぼみ初めて、退出するときには完全にしぼんでいましたよ。ラッキーの一言です。一時、暑さの待避と思って、テラス側に外へ出てハスを見ていたが、蒸し暑さと綺麗なハスもなかったことから、直ぐにアトリウム内に戻って撮影を続行する。時計を見ると10時過ぎとなっていたので、アトリウムを出て屋外に行く。屋外の花影の池に咲いているスイレンを撮影して、木道が整備されている湿生花園からやまのこみちを通り、芝生広場の上にある休憩所で一服する。一息入れて、コニファーの森から琵琶湖を望み、ハス群生地が見渡せる場所でワンショット撮影して、ロータス館にある喫茶店で小休止する。
 アイスコーヒーを飲んで、汗も引いたところで再度アトリウムに行くことにした。引いた汗も、直ぐジワーと出てくる汗を拭きながら、中央の人工池に咲いている色々な熱帯性スイレンの撮影に勤しんだ。南側の池のスイレンを撮影しているときに、観光客の『あそこに、糸トンボが止まっているよ。』という声を聞き、周りを見渡して探す。いましたよ、ダーウインに止まっている糸トンボが。やはり、100mmマクロや300mm望遠では、スイレン一輪に小さなトンボ。1m程の距離なのに、長いレンズが欲しいよー。しかし、最短距離は大丈夫かな。
 しばらく池の周りを周回しながら撮影して、先程の池の周りでスイレンを見ながら小休止していたら、ハス群生地で出会ったカメラマンがやってこられ、『池の縁に咲いている小さな水生植物であるガガブタは、アップで撮影すると綺麗ですよ。』との話から、初めて28-300mmの望遠ズームで撮影をした。彼は180mmマクロレンズで撮影されていたので、当方も100mmマクロレンズを取り出して、マクロ撮影に挑戦した。後で調べると、このガガブタは、本州以西の湖沼やため池に生育するミツガシワ科の浮葉植物で、花は1.5cm程度の小さな花だが、花弁に白い毛があり、かわいらしく人気の高い水生植物であるが、水質悪化によりその分布は減少し、絶滅危惧2類に指定されているとのことであった。当方、綺麗に咲いているスイレンばかりが被写体と目がいってたものですから、これらを撮影するのは、話を聞くまで盲目でしたよ。
 同じ20Dを使用していることから、今盛んに噂されている後継機の仕様などにも話が弾み、当方が28-300mm望遠ズームで撮影していたのを見て、『一度、この100-400mmの望遠ズームで撮影されますか。』との話になり、リュックから取り出されたキヤノン製EF100-400mm F4.5-5.6L IS USM望遠レンズを装着させていただいた。あれ、同じように被写体に向けて撮影しようとしたが、シャッターが落ちない。レンズ側の各ツマミを操作して、やっと撮影できた。『手振れ補正つきのレンズですが、最短距離が1.5mからですよ。』と、操作方法を聞いて4枚ほど撮影させていただいた。明るくて非常に良いレンズだと認めるが、1本2〜30万円もするレンズは、到底購入できる身分でもないので、羨ましくただ試写させていただいただけでも感謝、感謝です。先のガガブタを撮影するときには、キヤノン製EF180mm F3.5L マクロ USMレンズを装着されていたし、大きなリュックの中身は大変多くのレンズ群やカメラ機材で一杯でした。色々と撮影しながら話は尽きなかったが、『では、お互いに頑張りましょう。』との話でお別れしました。
 昼過ぎに通り雨が激しく降ったので、アトリウム内は一段と蒸し暑くなってきた。屋内照明は一段と明るく感じるようになり、スイレンの色合いも違ったように見える。前述したレッド・フレアは、みるみるうちに花が閉じてきて、沢山の観光客が来たときには完全に花は閉じられていた。女性の方も、このスイレンは綺麗だといって見に来られていたが、『午前中は開いていましたよ。』とお話しすると、『あれ、今日は残念だわ。』といって立ち去って行かれた。ホーマスマンプレスの大型カメラを持参されていたカメラマンも、綺麗に咲いているスイレンをいろんな構図で頑張って撮影されていたのを見ていたが、長い時間アトリウムにいた当方は、汗と撮影疲れもあって、ロビーに出てお茶でも飲んで小休止と思って出てみたが、自動販売機が見あたらなかったので、仕方なく帰宅することにした。
 途中コンビニに立ち寄り、お茶を仕入れて車内で小休止して、往路と同じ経路で帰ろうとしたが、何故かカーナビは一般道経由で案内をする。再設定も考えたが、元来た道だし、近くまではよく来るので、そのままにして走った。京滋バイパスの巨椋IC手前に来ると、京都市内は黒い雲で一面に覆われ稲光が走っていたが、奈良県に入るまでは雨も降らずに帰ることができた。が、途中接着剤を購入しようと立ち寄ったのが運悪く、自宅目前で雨が降りだし、ガレージに入れるときには大雨となった。今日一日、撮影日和とはいかなかったが、傘をささずに済んで喜んでいたのに、最後に雨にたたられて少々ガッカリでした。
綺麗に咲いたハス ハス群生地に咲くハス 大きな開花前のハス 開花間近のハスと湖面のハス 白く綺麗に咲いたスイレン
赤いスイレンとメダカ? 人気者レッド・フレア インディアンゴッテス 水面に浮かぶグリーンスモーク 綺麗に咲いたスイレン
大きなパラグアイオニバス アルバートグリーンバーク1 綺麗な色合いのスイレン 花影の池に咲く可憐なスイレン 綺麗に咲く白いスイレン
ダーウインに止まる糸トンボ 綺麗に咲いたドウベニアナ ダーウインと糸トンボ アルバートグリーンバーク2 個性的なジョンコルニー
綺麗なグリーンスモーク 綺麗な白いスイレンと糸トンボ 絶滅危惧2類のガガブタ 紅いスイレンに止まる糸トンボ 開花間際のスイレン
上から見たグリーンスモーク 綺麗な紅いスイレン ダーウインのアップ グリーンスモーク二輪 綺麗に咲く紅いスイレン

27 六甲から有馬温泉へ、ハイキングに行く  (2005.07.28)
 同窓の大阪組で、六甲から有馬温泉での入浴と一杯歓談会を主目的?としたハイキングに、午前9時阪急六甲駅集合で行くことにした。今日の予定ではケーブルやロープウエイなどの写真や、大阪湾方面の展望も撮影できると期待して、いつものハイキング用コンパクトデジカメのキヤノンA70に変えて、携行性と比較的自由度が効くミノルタのデマージュ7Hiを携えて行くことにした。天候は朝から快晴の中、阪急の普通で乗車しようと、阪急梅田駅コンコースを歩いていたら、同期のハイキング仲間と偶然に出会って、一緒に行くことになった。久しぶりの再会に、日頃の生活状況などを話しながら、六甲駅で下車した。待つこと20分余りで参加者全員が集合したので、早速ケーブル行きのバス乗り場に行こうとしたら、バスは発車したところであった。ところが、タクシーの運転士がやってきて、一人あたりバスとケーブル代金より安く行きますよとの話に、計算した結果納得してタクシーで行くことにした。六甲ケーブル山上駅から歩くことにしていたが、その途中までの徒歩区間も軽減となって、時間的にも余裕ができた。当方は、久しぶりのケーブルの写真も撮影できると期待していたが、その期待を裏切られた結果に、やや消化不良となっていた。
 記念碑台からみよし観音まで、地図を片手に見ながらの散策となり、神戸ゴルフクラブの中を通る散策路では、今なお咲いている紫陽花と鳥の鳴き声の中、歓談しながら観音前に到着した。観音らしき姿が直ぐには見えなかったが、しばらくして見つけて記念撮影をして小休止する。六甲ガーデンテラスへの散策路を歩くことにしたが、登り道となってきて少々不安も手伝ってきたが、整備されている道だからと強引に登って行くと、テレビや防災無線用のアンテナが乱立しているのが見えてきて、やがて目的地の六甲ガーデンテラスのホルティに到着した。一時エアコンの涼感に浸り、六甲沖を見渡せる見晴らしの塔に登って、パノラマ写真用の撮影をする。その後、フードテラスでアイスコーヒーなどをいただきながら、小休止となった。
 最高地点を目指した後に、バスでロープウエイ山頂駅まで戻り、六甲有馬ロープウエイで有馬温泉に下る予定であったが、時間的に余裕があるということから、紅葉谷道を歩いて有馬に行くものと、周辺を散策するものとに別れて、目的地に行くことになった。当方は、日頃の歩き不足もあって、紅葉谷道のハイキングを楽しむことで出発したが、しばらくしてダラダラの下り道になってきて、膝の故障再発を心配しながら用心深くバス通りまで下りていった。店先で有馬への下山コースを聞いたところ、しばらくすると二手に別れていて、紅葉谷コースは約2時間、番匠屋畑尾根コースは2.5時間と聞き、紅葉の時も綺麗だという紅葉谷コースをとった。しばらくして大学生一行が小休止後に出発の用意をしているところを、お先に失礼とばかり意気揚々と下山して行き、百間滝の見える開けたところで写真を撮り、しばらく下山して各々散策路で小休止する。しばらくすると、かの大学生の一行が下りてきて、『新人の訓練ですか。』と聞いたところ、『中央アルプスに登山する前の手慣らしです。』とのことであった。『出合は、まだですか。』と聞かれたが、『初めてだから、判りません。』と話して、しばらくして彼らの後を追うように歩き始めた。途中3人連れの女性達が登ってこられ、『有馬からですか。頑張っていますね。』と声をかけたが、挨拶して彼女らは黙々と登って行かれた。
 やっと沢の合流地点(これが、出合か。)に着いたら、パーティーは小休止していた。合流地点が少し池のようになっていて、その先の散策路が崩れている。ここは山側に木の根や枝に靴跡らしきものもあり、急遽開かれた道らしいようには見えるが、大学生も周りを見て探していた。『池の東側が散策路かな。』との意見もあったが、やはりこの道だろうと話していたら、結構健脚らしく、勢いよく下山してきた人に聞いたが、《あれ!》という顔をして止まられた。この切り開かれた道だと覚悟して、滑りながら登っていくと、約10m余り先に散策路が見えて一安心する。しばらくすると、自動車も入ってこれる広い道に出て、後はダラダラの下り道。砂防ダム?の工事現場の横を歩いて、やっとロープウエイの有馬温泉駅に到着し、目的の有馬簡易保険センターへ急ぐ。六甲ガーデンテラスを散策後、六甲有馬ロープウエイで下山した友達は、予約していた部屋で休憩中であり、揃って大浴場で一汗を流すことにした。
 一風呂の後は、ハイキングの模様などの話を交えての歓談となり、アルコールも程よく回ってきたし、料理もデザートが出てきたので、帰り支度をしてバス乗り場まで街中を散策しながら歩いていった。丁度、15時発梅田行き直通バスの発車間際であったので、宝塚方面に帰る友達と別れて乗車した。高速道路はスイスイと快調に走っていたが、一般道に入ると少なからず渋滞となって、多少予定時刻から遅れて梅田駅に到着した。その後は、夫々の交通機関などに別れて、午後6時前に帰宅した。次回は、当方が幹事役と決まって、秋の行楽時期に、温泉付ハイキングを計画することになっている。さあ、何処にしようか、迷ってしまいますね。
 今回も?、特に写真らしき画像はなく、ただ散策のストリーでした。
散策路に咲く紫陽花 日陰に咲く綺麗な花 六甲ガーデンテラスとアンテナ群 特色ある六甲循環バス 有馬への下山案内

28 初めて、三重県熊野大花火大会を撮影に行く  (2005.08.17)
 さる6月27日に入会したカメラクラブ“写団やまと”光彩会の指導者から誘われていた、三重県南部の熊野灘に面した熊野大花火大会の撮影に参加することにした。花火を撮影するのは初めてであって、大阪心斎橋にあるカメラのナニワで、7月10日にセミナー〔花火の撮り方〕を事前に受講したり、インターネット上に掲載されている花火の撮影方法などを調べていた。当方が使用するカメラはデジカメであるから、花火撮影に適した多重露光ができないために、マニュアルモードでバルブ露光という点は一緒であったが、講義では距離設定はAFによる撮影と説明され、インターネット上では距離∞の無限設定とあって迷っていた。13日にあった王寺花火大会の撮影時に、講義内容に沿って試してみようと思っていたが、急遽都合が悪くなって参加できなかったため、ぶっつけ本番となり、結果的に距離を無限設定で対応した。
 午前8時半に王寺駅北側に集合して、全員7名で3台の乗用車に分乗して出発することになって、同行者1人を乗せて一路国道169号線を経由して熊野市に向かった。初めて通る道でありカーナビをセットして走ったが、同乗者は良くこの道をご存じだったので、すごく安心して走行できた。熊野市の一般国道309号線から国道42号線に入り、しばらく進んで小阪トンネルを抜けたあたりから、まだ正午前というのにそろそろ渋滞となり、あと4Km付近からは本当にノロノロ走行となった。駐車場に入いる前に、レストランで昼食をする予定で走っていたが、完全にはずれてそのまま指定の駐車場に向かうことになり、沢山の観光客で溢れかえる国道沿いを走って、やっと午後1時半前に臨時駐車場に着いた。まずは腹ごしらえと、撮影場所の獅子岩まで約3Kmもあるということから、撮影道具をリュックに入れて、シャトルバスでジャスコの駐車場である降車場まで行く。この付近の飲食店を探したが臨時休業のところもあって、やっと近くに営業中の喫茶店を見つけて、サンドイッチをいただいて腹ごしらえをした。夕食用にと観光客で賑わうジャスコの食料品売場で、オニギリやお茶などを仕入れて撮影場所に歩いていくときに、時たま小雨が降っていたのが本降りの雨となってきて、臨時休業中である会社の玄関先で雨宿りをして待つこと30分余り。少し小振りとなってきたことで、撮影場所の確保のためにおもむろに出発したが、途中で雨がひどくなったりして雨宿りをする。また小降りとなってきたので、海岸よりに警備縄が引かれている海岸縁と獅子岩の中間あたりに行き、思い思いに三脚をセットして下準備を進める。
 時たま小雨の降る生憎の天気であったが、三脚を立ててデジカメ20Dをセットし、記念撮影として付近を撮影し、カメラにナイロン袋を被せて待機する。沖には豪華客船の「飛鳥」も停泊していたし、花火見物の観光客の入り具合?なども撮影した。撮影場所から見える花火の大きさや高さが判らなかったので、装着するレンズの選択に困りながら、同行の人のアドバイスを受けていた。打ち上げ開始が午後7時とあって、同行の人がわざわざ購入してくれた缶ビールを美味しくいただき、6時前から夕食をいただいた。日が暮れて周りも薄暗くなってきたので、デジカメにリモートスイッチを取り付け、灯りを点した「飛鳥」を撮影して打ち上げの開始を待ち、一応準備万端整った。待つ間にポロッと雨が落ちてきたり、遠くにカミナリの稲光も見える状態に、本降りとなってきたらどうしようかと思案しながら、待つのも疲れます。
 やがて午後7時過ぎになり、プログラムの開始が告げられたので、花火の打ち上げ場所を予測しながら、カメラをその方向に回して構えた。最初の花火が打ち上げられた時には、ズーミングをしてリモートスイッチを数秒押してシャッターを切ったが、そのタイミングや遮光操作はままならなかった。『下手な鉄砲も、数打ちゃ当たる。』ではなかったが、シャッターを数秒間開けるだけという怠け撮影に終始して、遮光板や代用の帽子などで遮光する、いわゆる多重露光的な操作をする余裕は全くなかった。海上自爆という花火の時は、三脚の設置場所が悪かったために、近づいてきたものの、よい写真も撮影できず、あれよあれよという前に第1部は終わってしまう。途中で花火撮影講習で教わった撮影テクニックを試してみたが、付け焼き刃よろしく思うようにいかなかった。三尺玉海上自爆の時は、望遠ズームの焦点距離が長すぎたために、扇形全体が撮影できなかったし、シャッターのタイミングが大きくズレた。初めてでは仕方がないかと内心諦めてはいたが、後は家に帰ってからのお楽しみの状態に明け暮れした。そろそろ花火大会も終わりに近づいて、鬼ヶ城大仕掛第1弾、第1部の熊野花火百景@の時だったろうか、海上に向けて斜めに落ちながら開いていった写真は、我ながら綺麗に、タイミング良く撮影できたと思っている。(あくまでも、結果オーライですがね。)パソコン上で、この写真と灯りの点った停泊中の「飛鳥」を合成した写真を特別?に掲載しました。自画自賛の作品ですが、やはりやり過ぎでしょうかね。

 花火大会も終わってしばらく後片付けをし、小休止して駐車場に戻ろうとしたが、獅子岩のレストラン付近から国道筋は沢山の観光客で溢れかえっていた。指導者からは『出発は、午前2時以降が良いですよ。』とアドバイスしてもらっていたので、午前1時半過ぎに駐車場を出ようと考えて、自動車の中で休憩することにした。が、零時を過ぎるあたりから臨時駐車場の車もかなりスムースに流れるようになってきたので、用足しの後に駐車場の警備員に『出て行くのは、いつ頃からが良いのですか。』と聞くと、『さあ、午前2時頃までは、いつも警備員もいるので、この時間前後あたりからですね。』との話を同乗者に話したが、『午前0時半もすぎて、車両規制も解除になってきたことだし、大分駐車場の車も少なくなってきたから、そろそろ出発しましょうか。』ということで、『では、ぼちぼち走りましょう。』と出発した。しかし、400mも走らないうちに、車は渋滞の列の中に入り込み、2Kmを約1時間強のノロノロ地獄にはまって、国道42号線への進入禁止解除時刻の午前2時とほぼ同時刻に、やっと国道に出られた。慣れない山道と夜間のために、昼間より約10Km/hも速度低下となって走っていたが、比較的スムースに王寺町役場前まで走れて、午前5時過ぎにやっと到着した。同乗者とお別れして、途中のコンビニて小休止を兼ねて缶コーヒーを飲み、一呼吸おいて自宅に午前6時10分頃到着した。熊野の臨時駐車場で多少うとうとしたが、約24時間起きていて、往復の走行距離は311Kmでした。早速カメラ機材を整理してからシャワーを浴びて、軽く朝食を済ませると、さすがつい一眠りをしましたね。
花火大会を待つ浜辺 豪華客船「飛鳥」 灯り点る洋上の「飛鳥」 綺麗に開く打ち上げ花火1 綺麗に開く打ち上げ花火2
綺麗に開く打ち上げ花火3 綺麗に開く打ち上げ花火4 轟音一発、三尺玉海上自爆 海上自爆 豪快な海上自爆
綺麗に開いた熊野花火百景 続いて打ち上がる花火1 続いて打ち上がる花火2 フィナーレ近くの打ち上げ花火 最後に開いた海上自爆?
特別出演?綺麗に開いた花火

29 付録?、一部完成のNゲージレイアウトを撮影する  (2005.08.19)
 趣味の一つであるHOゲージの鉄道模型が休業中であるなか、以前から運転用にとNゲージ用レイアウトに興味を持っていたこともあって、昨年当初からトミックス製かKATO製のデスクトップレイアウトを購入して作ることを考えていた。ヤフーのインターネットオークションで、トミックス製のTCSパワーユニットを落札できたことから、トミックス製のレイアウト基盤を探したが見つからなかったし、どちらも一周の長さが物足りなく感じていたので、『それならば自作しかない。』と腹を決めた。早速、トミックス製のレール規格の部品が登録されている鉄道模型レイアウターFというソフトを購入して、基本となるレイアウトの線路配置を3案程作成した。必要な線路部品などの費用を算出し、勾配区間やレール間隔を確保するために、ポイントに続く直線長さを計算するなどをして、加工する対象部品を決定した。
 鉄道車両に興味を持っている孫を喜ばせようと、昨年5月頃からレイアウト製作に取りかかった。最終的に、レイアウトを田舎風という非電化を前提とした構想で、そのレイアウトの大きさは920mm*1300mmと決めた。基盤の骨材として木材店からラワン材を特注で引き出してもらい、3尺*6尺のベニヤ板、発泡スチロール、それに勾配用として外国製のインクラインなどを接着したレイアウト上に、線路を仮置きした。夏に孫がきたときは、素材の上に仮置き状態での走行であったが、一緒に走らせて楽しんでいた。今年も8月に帰省するということから、6月初めから約2ヶ月間を要し、レイアウト全体を石膏布で覆って下塗りをして、レールを敷設した後、着色おがくずのパウダーやスポンジの着色ターフなどを接着した。7月末にまだ山側の植林?、池の周りの修景と、機関区周辺の建物類は未完成であるが、やっと運転可能な半完成の状態までにこぎつけた。今夏で3歳と4ヶ月になる孫は、昨年より新幹線500系や700系、近鉄のアーバンライナーとか、いろんなところの車両を鉄道関係の本などから、写真を見て名前が言えるようになってきた。家にいる時には、孫が毎日『おじいちゃん、運転しようよ。』と言っておねだりもあり、当方も喜んで運転を楽しんでいた。結構、好ジジ役となって、京都の梅小路蒸気機関車館へも連れだって見学するなど、一緒になって楽しんでいた。
 熊野大花火大会の撮影から帰ってきた18日は、一眠り後に最後の運転とばかりに楽しんで、孫は婿殿の実家へ帰って行った。翌日には、家内から『早く、片付けてよ。』との催促に、格納?する前の現状写真を撮影することにした。最初手持ちで撮影していたが、画像をパソコンに取り込んでみると、ぶれぶれの写真のオンパレード。これではダメと思い直して、アルミ製三脚にデジカメ20Dを取付けての写真撮影となった。運転に供した蒸気機関車、ディーゼル機関車、ディーゼルカー、客車と貨車を、適当にレイアウト上に運転させながら配置して撮影した。8月21日の日曜日には、お別れ運転?のように、ぐるぐるといろいろな編成でレイアウト上を何周も走行させ、後片付けして収納した。次は、来年の夏までお休みですかな。
レイアウト全景 トンネルを出たC11 ペンション横を走るC11 橋梁で立体交差 立体交差部を遠望

30 大池、唐古遺跡と、法起寺コスモスの事前調査に行く (2005.08.27)
 今日はカメラクラブの例会でもあるので、久しぶりに薬師寺近くの大池と、法起寺のコスモスの開花状況を見ようと、朝9時過ぎに自動車で出発する。薬師寺が見える大池の護岸工事も終わり、歩道も整備されていて、取り敢えず国立病院横の道路脇に駐車する。急いで、病院の散策路のベンチ近くに行くと、スケッチを描いている人もいて、挨拶をして三脚を立てる。あれれ、カメラ側のクイッックシューは取り付けたままバックに収納していたが、三脚側のクイックシューは外していて、持ってくるのを忘れていた。仕方なく、カメラ側のクイックシューを外して三脚に付けて撮影するが、結果としてどの写真も少し水平が出ていない。
 いつもの定番よろしく、木々の間から薬師寺を構図に入れて撮影し、池の周りを回ることにした。整備された護岸によって、池側には綺麗な化粧柵が施され、手前に草を配置して、薬師寺の遠望を、柵の約15cm強の隙間を通しての撮影となる。地べたに座り込んで、三脚の最低高さで撮影するが、どうもいただけない。手持ち撮影に切り替えて、できるだけローアングルで撮影して、お茶を濁した。日中の薬師寺を撮影すると、五重塔の骨組みは綺麗に撮影できるが、手前の近鉄線のトラスも写るし、遠くに見える市街地のビル群も写る。やはり、日の出前後の写真が一番よく似合いますね。
 その後、薬師寺の駐車場の方へ行き、手前の道路脇に駐車して、畑仕事中の農家の方に、『お彼岸時期に、この辺に彼岸花が咲きますか。』と聞いたが、『余り見かけませんね。』との返事に、インターネットで『薬師寺近辺の彼岸花』といことで写真に掲載されていたが、場所が違うのかなーと疑ったりもした。時間的にまだ余裕もあることから、田原本町にある唐古遺跡に行くことにした。天気は雲が多く晴れ間の見えない中、国道沿いで遠くからいつも見てばかりであったので、どんな様子だろうと初めて訪れた。弥生時代の遺跡だと言われ、唐古池の南西部に唐古楼が復元されており、唐古池を回りながら近代的なものが写らない構図を考えて、散策しながら撮影した。
 その後、法起寺に向けて走り、いつも利用する駐車場に入った。三脚を持たずにカメラだけを携えて、周辺のコスモス畑に行ったところ、結構コスモスが咲いている。良く良く見ると、枯れた花も多く、綺麗なコスモスを探して撮影するが、お空はどんよりの曇り空。バックの三重塔もコスモスの色も、本当に冴えない写真ばかり。近くの農家の方に、『今年は、早くから咲いていますね。いつ頃が見頃なのでしょうね。』と聞くと、『今年は暑さがきつくて、雨も降らなかったので、早くから咲いてはいますが、次の花時は10月初めだろうね。』と聞いて、再度その時期に訪れようと思い、例会の会場に向かった。
 今回の例会出品には花火の写真も多かったが、当方三室戸寺の紫陽花と草津の水生植物公園のスイレンの写真を提出した。デジカメ写真の合成(合成とは、複数の画像から、1枚の画像を作成することと解釈。)の範囲?については、何処まで提出用に許されるのかと聞いていた。暴言であろうが、これに似たケースとして、銀塩の世界でいう多重露光も1コマのフイルム内ではあるが、時間差のある複数の被写体を撮し込んでいるので、これも大きな意味で撮影時の合成テクニックの一つであろうと考えられる。また、デジカメ画像の場合、画像編集ソフトを利用して色合いや彩度にも、さらに修正と合成等ができる。これに対して、銀塩の場合にはプリントするときにフィルターをかけたり、覆い焼きなどで、撮影したフイルムから色々とイメージも変更できるし、また銀塩プリントから一度スキャナーで取り込んで、白黒やセピアなどに焼き付けることもある。銀塩の世界に浸っておられる方は、デジカメは銀塩と同一線上に作品として認めないという風潮もあるように聞いているが、今後デジカメと銀塩とも、写真の世界で言う境界は、どのようになっていくのでしょうね。デジカメも、どんどん高画素化やRAW現像によって、後から色彩や露出を変化させたり、画像の重ね合わせなどの合成技術をソフト上で組み合わせるなどと、イメージも多様化できるので、さらに難しい話になってくるでしょう。将来的に、デジカメと銀塩との作品の棲み分け?は、どうなるのでしょうかね。当方は、綺麗なものを感じたままに綺麗に撮影するということを基本に、あるがままに撮影して、デジカメ写真の世界に満足しているだけで、大それて各種写真コンテストに出品しようなどとも思っていないし、それだけの才能や技術も持ち合わせていないので、あまり関係ないように思っていますがね。
大池と薬師寺遠望1 薬師寺遠望 大池と薬師寺遠望2 唐古遺跡の楼閣を遠望 早咲きコスモスと法起寺

31 彼岸花を求めて、仏隆寺と明日香方面に行く  (2005.09.15)
 まだ彼岸花の咲き加減がもう一つという情報もあったが、天気になるという予報を信じて、一昨年に行ったことのある仏隆寺と、明日香方面の稲淵地区に出かけることにした。仏隆寺へは前回バスで行った時、帰りの時間帯にバスの便がなくて、結局バスを待たずに近鉄大阪線の榛原駅まで歩いたことや、門前の彼岸花を撮影するには朝早い方が良いだろうということと、さらに明日香方面へ回る手段として自由度の効く自動車がよいだろうと考え、朝6時半前に出発した。当日インターネットの天気予報から榛原町の時間帯別天気を調べると、晴れという予報に意を強くして走って行ったが、榛原駅近くでは曇り空になっている。最近では気象衛星などの観測網が充実していてるが、やはり自然には勝てないのか、予報が外れることが多くて本当にガッカリすることが多くなっている。刻一刻と変化する自然現象に追いつかないのはやむを得ないにしても、写真撮影に行こうとすると、よくもまあ外れることが多くて、やはり予報はあくまで予報かと呆れている。
 仏隆寺の駐車場に8時過ぎに着くと、乗用車は1台だけ。道路脇に駐車しなくて良かったが、少しの青空もなく、どんよりとした重い曇り空を見つめて撮影意欲も半減する。
しばらく車内で呆然としていたが、気を取り戻してデジカメを三脚に装着して撮影準備を始めた。月曜日にお寺へ電話したら、この週末頃から見頃となるでしょうとのことであったが、やはり人気のある寺門前にある階段の両側を真っ赤に染めて咲く彼岸花(ヒガンバナ:蔓珠沙華)の満開に魅せられてやってきたが、三分までも咲いていない丸刈り状態に、石仏を入れた記念写真から撮影開始となる。清掃に来ている村の人達は、仕事も終わって藁葺き屋根の地蔵堂前でお話し中であったが、カメラマンは当方だけで、いつもは撮影できそうにない階段下に三脚を立てて、少し日が差すように見えたので待っていたが、ほんのりと明るくなるだけでお終いでした。
 前回撮影に来た時には、山側に沢山咲いていた彼岸花は所々に咲いているだけで、綺麗に刈られた法面に芽が出てきた状態であり、川筋を散策しながら寺門に行く。まだ拝観時間にもなっていないことから、階段を下りながら綺麗に咲いている彼岸花を探して石仏の前で小休止する。程なく三重県松阪市からカメラマンが一人来られて、『まだ、もう一つ咲き加減が悪いし、天気もダメだし。』と、お互いグチ?をこぼしながら少し談笑する。しばらくして、彼は階段を登って撮影に行かれたが、当方は階段下に三脚を立てて薄日を待ちながらの小休止。彼も戻ってこられ、階段付近で撮影しておられたが、また立ち話。『境内の彼岸花を撮影していたときに、丁度日が差してきて良かったですよ。』との話から、薄日の差すのを期待して、再度川筋を登って撮影しながら仏隆寺の山門までやってきた。
 入山料100円也を賽銭箱に入れて中に入ると、チャイムの音が聞こえてくる。境内に入ると、住職ご夫婦がお客さん用の休憩場所を整備中であって、その横の花壇には多数の白い彼岸花【本名は、シロバナマンジュシャゲ(白花蔓珠沙華)と、云う。】が咲き、庭の片隅には、黄色いヒガンバナ【本名は、ショウキズイセン(鍾馗水仙)と、云う。】が咲いていた。奥さんのお話では、最初赤い彼岸花と白い彼岸花の球根を一緒の所に植えていたら、数年後には赤い彼岸花だけになるようで、その後この庭先の一角に白い彼岸花だけにしているとのお話を聞いたが、一昨年訪れたときは少し遅かったのか、たった1本のみしか見られませんでした。本堂から後方に巨石?を配した白岩神社を巡って、休憩場所でお茶を飲みながら小休止していた。少し明るくなり黄色い彼岸花に日が差してきたので、慌てて三脚を設置して写真を撮影した。黒アゲハ蝶が飛んできて、白い彼岸花に止まってくれればしめたものとカメラを構えて待っていたが、完全に思惑外れであった。しばらくすると、他の花に止まりそうになったので、追いかけて撮影したが、レンズは18-50mmの標準系ズームレンズを装着していて、蝶の動きも速いし、アップも撮れない。そのまま蝶は、あらぬ方へとひらひらと飛んで行く。
 明るくなるのを待ちながら、しばらく庭の彼岸花を撮影していたが、回復の見込みなしと判断して、階段を下って明日香方面に行くことにした。駐車場に戻ってきた時に、マイクロバスが到着して、しばらく周辺は賑やかになってきた。11時頃にもなってきたし、地蔵堂の屋根を取り入れて、川沿いの法面に咲く彼岸花を撮影して、明日香村の稲淵へカーナビを設定して走り出した。桜井市内に入って、安倍文殊院近くから明日香村へ案内されるだろうと思っていたが、そのまま国道165号線を西方面に案内されていたし、途中明日香村方面の案内標識もあったが、今日はカーナビを信用?して走行してみようと思って走った。あれ、途中この道は昨年コスモス撮影に来たところだったと思い出しながら、稲淵付近の棚田の道に出てきた。
 駐車している車の前に入り、まだ二、三分咲きの彼岸花を撮影してから、飛鳥川(地元の人は、稲淵川と言っている。)のお気に入り場所に移動した。男綱のある勧請橋を越えたあたりの道路脇は、駐車している車で一杯となっていたので、少し先でUターンして車を止めた。早速、お気に入りの堰堤付近に行ったが、彼岸花はチラホラと咲いているだけで、この堰堤をバックにして撮影できるところには彼岸花が咲いていない。仕方なく、万葉集に「明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも」と唱われている「石橋」を再現した飛び石付近に行くと、少し彼岸花も咲いていた。飛び石を渡って碑のある方に行くと、1本の彼岸花がすっくと咲いている(本当は、もう少し多く咲いていて欲しかったのに!)。日射しはもうひとつであるが、飛び石をバックにしてレンズや絞りを変えて撮影したり、飛び石近くに彼岸花が咲いていたので、恐る恐る川辺に下りて行き、しゃがみ込んで彼岸花をアップにし、飛び石をボカした構図の撮影に勤しんでいた。
 旧道と交差している男綱のあるところに行くと、飛鳥川が堰き止められている堰堤の対岸に彼岸花が咲いていたので、神所橋を渡って下り道を探しながら、目的の彼岸花が咲いているところに辿り着いた。川の流れと彼岸花をどう料理?しようかと思案しながら、いろんな角度から撮影を試みた。日射しは相変わらずであって、コントラストに欠ける分、全体に光が回った写真が撮れると思いながら、構図を考えていた。少し橋下の方の水面と岩をバックにして撮影しようと、少し川上側に移動して撮影しているときに、深い淵の水面に青空が映り込んでいて、結構様になる写真と思って頑張っていた。そこに、一人のカメラマンが近くに来られ、高級な銀塩カメラで、パワードライブブースターを装備したEOS-1vにEF24-70mmF2.8Lを装着して、手持ちで撮影されていた。『どこから、ここに下りてこられたのですか。』と聞くと、『橋の袂からです。』との返事。当方、結構遠回りして畦と家の側溝沿いに、恐る恐る下りてきたのにと思いながら撮影を続けて、しばらくして聞いた道から神所橋を渡って元の道に出た。
 案山子ロードの方へ向かうが、雲の切れ間が少ないことから、諦めて途中でUターンする。勧請橋から例の撮影場所を見ると、彼岸花には日射しが当たっていなかったが、結構明るくなってきた。少し時間経過を見ようと、近くの出店でお茶を購入して、飛び石付近に戻り小休止することにした。少し日射しが出てきたところでワンショット撮影して、勧請橋近くに戻ると、まだ彼岸花には日が差さない。午後2時半を過ぎていたので、諦めて最初の撮影地近くまで移動することにした。広く広がる稲淵の棚田の道路には、相変わらず路上駐車している車が多かったので、建築中の工事現場の広場に入って、駐車させてもらうように交渉した。少し周辺をカメラ片手で散策して撮影していた時に、コスモス畑があって、風もそよそよと吹いてコスモスはゆ−らゆらと揺れている。その中を、熱心に三脚を立てて撮影中のカメラマンを眺めていたが、日陰で咲き加減がもう一つと思って、撮影に挑戦することを諦めて戻った。
 午後3時前にもなってきたし、国道筋も混雑するようだと思って、昨年コスモスを撮影に来た甘樫の丘付近の開花状況を下調べしようと立ち寄った。纏まって咲いている場所もあったが、本命の場所はチラホラ咲きであって、近くに咲いていた彼岸花だけを撮影して帰宅することにした。途中、彼岸花が咲いているところがあって、路肩に一時駐車することもあったが、ただ眺めているだけで出発した。小休止後、国道24号線を奈良方面に北進していると、『この先5Kmの所で、渋滞中。』というカーナビのアナウンスに、案内経路の変更もあって、午後5時前に帰宅した。 
綺麗に咲いた彼岸花 彼岸花とせせらぎ 仏隆寺階段と寂しい彼岸花 地蔵堂と法面に咲く彼岸花 すっくと立つ白い彼岸花
巨石?をバックの白岩神社 綺麗に開く黄色い彼岸花 花に囲まれて咲く白い彼岸花 綺麗に咲いた白い彼岸花 飛鳥川の川辺に咲く彼岸花
羽根を休める黒い糸トンボ 川辺に咲く彼岸花 飛び石をバックに咲く彼岸花 川辺の彼岸花と飛び石 堰堤に咲く彼岸花1
堰堤に咲く彼岸花2 綺麗に咲く川辺の彼岸花 堰堤に咲く彼岸花3 親娘案山子と彼岸花 実りの稲穂と彼岸花

32 奈良元興寺の彼岸花と萩を、
         そして猿沢池の采女祭を撮影に行く
   (2005.09.18)
 今日は中秋の名月の日で、晴れの天気予報に、昼前に自宅を出る。三脚を持たずに、気楽な装いで出かけたが、バスに乗って近鉄学園前に着く前に天気は曇ってきた。雨は降らないだろうとタカをくくって近鉄奈良駅に出て、采女(『うねめ』と、読む。)祭が行われる猿沢池を巡っていると、まだ12時過ぎというのに既に猿沢池南東の岸には、かれこれ20脚位の三脚がずらっと設置されている。まだ早いだろうと元興寺(『がんこうじ』と、読む。)に行き、拝観受付で萩の咲き加減を尋ねてから、「春鹿の酒蔵まつり」を先にと急いだ。原酒倶楽部の「まあ 飲んでさあ!」という催しに、一杯飲みながら軽食をいただこうと考えていたが、長蛇の列に諦めてイベント広場の試飲コーナーへ行って、冷酒で限定酒の「刻の雫」だったのだろうか、美味しかったので厚かましくもおちょこに二杯程いただいて退散した。
 元興寺の受付で拝観順序を聞いて、本堂の正面に立って本日最初のワンショット。あれ、お酒をおちょこ二杯程度いただいただけなのに、もう酔っているのかシャッターを押す仕草がおかしいぞ。本堂の拝観をせずに、左手に見える石仏の周りに咲いている彼岸花を撮影に行く。二人のカメラマンが三脚を付けて撮影中であったので、邪魔のならない範囲で撮影を開始する。彼岸花や桔梗が咲いている様と石仏とのバランスが思うようでなく、いろんな構図を考えて思案投げ首で撮影した。時間をかけて撮影した場所には、赤い彼岸花と白い彼岸花に、桔梗が咲いていたが、1本の赤い彼岸花が枯れ始めている。この枯れかけた赤い彼岸花を、人の助けを借りたり、石を根っこ部分に置いたりして構図外にして撮影していたが、最後には、庭の手入れをされておられた人にお願いして、根本から切っていただいたりした。
 また本堂と禅堂の北面に咲いている萩を撮影してみたが、どうも上手い構図が浮かばない。結構綺麗に咲いている萩を見つけて、本堂の鬼瓦付近をボカし気味に撮影するが、風が強く吹いていて、枝は大きく揺れるし、お空には大きな雲がかかっている。しばらく雲の動きに注意しながら、彼岸花と石仏の写真に挑戦していた。本堂の説明を片隅で聞きながら、お空の雲の動きを気にかけていて、二度、三度と決めた場所へ移動して撮影を繰り返していた。青空が広がり始め、結構日射しもきつくなってきたころに、軽めの昼食を取ろうと元興寺を後にした。
 お決まりの軽食を購入して、興福寺南円堂の南側にある三重塔の付近で座り込み、昼食を兼ねて小休止する。時計を見ると午後2時半を過ぎていたし、猿沢池に戻ってみる。南東部で三脚をセットしていたところは、さらに設置数は多くなっていた。多分このあたりが、バックの五重塔や船の回遊写真を撮影するのに適した場所だからか入り込む余地がなく、しからばと思って、南西の角に回ると、まだスペースは開いている。本来腰掛用ではないが、夜間照明器具が埋め込まれていて、腰掛け程度の高さを要した構造物を撮影用の腰掛けとして確保した。しばらくすると、3人連れのカメラマンもやって来て、『南東部が良いのですが、この場所もバックの五重塔が入るものの、改修中のホテルの白壁がなあ。』と言いつつ、三脚をセットし始めた。待っている間に、彼らに撮影するレンズの焦点距離や露出等を教えていただいたが、多重露光での撮影をされるようで、『一発勝負ですよ。』とのことであった。
 待つこと2時間強の午後5時頃になると、後ろにも三脚をセットされたカメラマンや、周りにシートを拡げて座り込みむ人達で一杯となってきた。その間、采女祭の龍頭船は、準備のために、灯りを付けて浮かばせる流しの小舟を配置したりして回遊していたのを見て、撮影しながら構図や焦点距離の設定を考えていた。午後5時40分頃には、浮かべた流しに灯りを点し初め、采女祭の紹介などもアナウンスされ始めた。午後6時頃から、春日大社の神官達によって、采女神社で神事が行われ、段々と五重塔のライトアップも明るくなってきた。午後7時頃に、やっとお待ちかねの猿沢池に、龍頭船と鷁首(『げきす』と、読む。)船の二隻が回遊する『采女祭の本番?』となった。
 カメラに標準系ズームのシグマ製18-50mm F2.8レンズを装着し、ISO感度を400から800にあげて、一周目はJPEGとRAWで撮影し、二周目はJPEGだけで撮影した。最初は遠いために内蔵ストロボを使わずに撮影し、南側に回遊してきた時にストロボを使用した。撮影時には、各カメラから発光されるストロボの光に、どうなるのかと心配しながら撮影していた。アナウンスでは、『今日はいつもと違って、満天のお月さんも出ています。』とのアナウンスがあったし、終わりがけに後々合成にも使用できるだろうと数枚撮影しておいた。祭りの終わりとともに、混雑の人通りを抜けて、近鉄奈良駅から学園前駅経由で、午後8時40分頃に帰宅した。早速夕食を済ませて、写真をパソコンのHDDに取込んで、ブレの多い写真を削除してから管理番号にリネームして、DVDにも保存した。やはり、回遊する龍頭船や鷁首船の写真は、周りが暗いことや、内蔵ストロボでは光量不足もあって、露出が今一でしたね。
 この采女祭は、奈良県に住んでかれこれ約20年にもなるが、いつも翌日の新聞を見て綺麗だなあと思っていても、実際に観賞し撮影したのは今回が初めてであった。この采女祭というのは、猿沢池の北西の隅に鳥居を背にした後ろ向きの采女神社のお祭である。「大和物語」によれば、奈良時代の帝に愛されて幸せだった采女【「うねめ」とは、後宮で帝に仕えて、食事や裁縫などをする女官の職名】が、帝の心変わりによりその愛の衰えたのを嘆いて、采女は池畔の柳に衣を掛けて猿沢池に身を投げ入水しました。その采女を慰めるために社が建てられたのですが、采女がわが身を投げた池を見るに忍びないと、社は一夜あけると後ろ向きになっていたと伝えられています。奈良市と姉妹都市となっていて、采女の出身地と言われる福島県郡山市のミス采女を迎えて、午後7時より雅楽が流れるなか、花扇をはじめ、花扇使やミス采女、ミス奈良などをのせて、篝火を焚いた龍頭船と鷁首船の二隻が猿沢池にくり出され、池に浮かぶ40余りの小舟の流しの間をぬって二周回った後、花扇を池中に投じる雅な行事である。
石仏と彼岸花1 石仏と彼岸花2 石仏と彼岸花3 古びた屋根に実のなるザクロ 彼岸花に止まるアゲハチョウ
石仏と彼岸花4 風に揺らぐ彼岸花と石仏 萩に埋まる元興寺本堂 元興寺境内の石仏群 古い昔の瓦屋根
紅く咲いた萩と本堂鬼瓦 小舟の流しを設置中 小舟の流しに灯を点す 祭本番に備えて 巡行を終えた巫女達
回遊を待つ日暮れの猿沢池 ゆっくりと向かってきた龍頭船 静かに進む龍頭船1 静かに進む龍頭船2 静かに進む龍頭船3
静かに続く鷁首船 綺麗どころが乗る鷁首船 回遊二周目の龍頭船 静かに進む鷁首船 フィナーレ間近の鷁首船

33 葛城古道の高天彦神社から橋本院界隈に、
                彼岸花を撮影に行く
  (2005.09.24)
 今日も天気が良いという予報に、朝6時10分前に自宅を出て、一路奈良県御所市にある高天彦(『たかまひこ』と、読む。)神社をカーナビにセットして走り出した。朝方はこんな天気だろうと思って走っていたが、時たま日が差してきたのでしめしめと思っていた。カーナビに従って、国道24号線から整備された葛城山麓線に入る途中にも、彼岸花が咲いている。うれしいなあと思いつつ葛城山麓線を走っていると、カーナビから『目的地周辺です。』と案内されたが、どこの山側の道に入るのか定かではなく、少し通り越してUターン。後続の車に注意しながら、ゆっくり走っていくと、それらしき横道のところで一端曲がって入り込み、カーナビの表示画面を大きく出して、これだなといいつつ登っていった。駐車場有りという情報を頼りに走っていくと、丁度その先に10台程度の駐車場が見えた。あれ、まだ7時過ぎの早朝で、カメラマンの姿が見えないのに、車が満車。不思議に思いながら、取り敢えず駐車場に入って、どこかスペースがないかと探していたら、上手い具合に、1台の車が出て行ったので、運良くそこに駐車して、撮影準備をし始めた。後で気づいたのだが、早朝から金剛山へ登る登山客の車だったのかな。
 空には雲が多かったが日射しは出てきており、良かったなあ。これから雲は切れいくのかと内心喜びながら、老杉の参道を通って高天彦神社へ行く。まずは神社に拝礼して撮影を開始し、近くの柿畑の土手に咲く彼岸花を撮影した。ご近所の方に橋本院への道を確認して、彼岸花が咲いている畦や土手を眺め、時折三脚を立てて撮影もした。やはり、天候の回復はもう一つで、雲が山側にどっかりと張り付いているわ、風は強く吹いているわと、撮影には不向きのご様子になってきた。しばらくすると、橋本院らしき伽藍の屋根も見え、彼岸花を前景にして撮影しようと畦を歩いていたが、どうしても電線や電柱が写り込む。ソフトで消せばと思っていても、その労力が大変だと思いながら構図を考えて撮影したが、もう一つ。橋本院の駐車場に入る手前に「葛城の 高間の草野 早領りて 標刺さましを 今そ悔しき」という万葉歌碑や、『史跡 高天原』の碑の傍をあとにして、畑を通って橋本院の北側の小道に出る。ここから、彼岸花を前景に、伽藍の屋根を入れた構図で撮影するが、天候がもう一つで思うような写真とならない。お空が青空であったらなあと思ってみても、仕方がないか。
 北側の道を通って、梵鐘のある、毎年8月に夕涼みコンサートが催される「瞑想の池」に出て、周辺を撮影しながら散策していた。金剛山から葛城山に続く山側から、雲が次第に下りてくる気配に、一雨あるのかと心配して雨宿りができる本坊の方へ行くことにした。本坊の庭でうっすらと紅葉の気配の木々と屋根を撮影していたら、お寺の人が出てこられたので、『今日の天気は、これから晴れるのでしょうか。』と聞いて、『いつも、朝方はこんなものですよ。』との返答に、雨の心配はなさそうだと思って、高天彦神社の駐車場に戻ることにした。戻る時に、「紅葉の時期も、絵になるなあ」と思いながら、道角の土塀と本坊を撮影した。遠く刈られた水田の向こう側に赤い彼岸花が見え、その先に白い彼岸花?と思って撮影したが、近寄ってみると違う花にガッカリもした。稲刈りをしている農家の方に、『この辺の彼岸花は、赤いものだけですか。』と聞いたところ、『そうですね、白や黄色は、見かけませんよ。』との返事に、先を急ぐ。畦を歩いていると、後ろからガサガサという音にビックリして振り向くと、なんと1m余りのヘビが畦を横断中には、一瞬体を強ばらせて一目散に逃げる。マムシではないでしょうが、ヘビもいるとは予想していても、まさか自分の直ぐ後ろで現れるとは、予想もしなかったですよ。散策路に出て一息つき、周りに咲いている彼岸花を眺めながら、駐車場へと散策する。
 駐車場でペットボトルのお茶を飲みながら小休止して、蜘蛛窟のある東側の山裾を見ると、稲刈り後の脱穀をしているところで、稲穂乾しが数本架かっているのが見えて、傍の畦には彼岸花が咲いている。取り敢えず蜘蛛窟へ行こうとすると、またもや50cm位のヘビがガサガサと音を立てて畦囲いの傍を這っているのを見て、少なからずぞっとして足が凄む。彼岸花を前景にして、稲穂乾しに掛けられた稲穂をボカし気味に撮影した。蜘蛛窟を見てから、先程の彼岸花と稲穂乾しを被写体にし、露出や交換レンズを変えながら撮影に勤しんでいた。その後、鶯宿梅の傍にあるコスモス畑に行ってみるが、まだまだ三分咲きにも満たない咲き加減である。風に大きく揺れているコスモスを前景にして、遠くに見える稲穂乾しと彼岸花を撮影していたが、10時前になったので、カメラクラブの第5回写真展が開催されている法隆寺iセンターの会場へ行くことにした。
 途中の葛城山麓線で、彼岸花が咲いているところで止まって眺めるが、光の当たり具合もよろしくないと思って、先に車を走らせた。今日は昼から当番であって、わざわざ友達も写真展に来るとのことであり、少なからず写真談義?でもと思って楽しみにしていた。
朝日に照る彼岸花 空にそびえる彼岸花 橋本院伽藍と彼岸花 橋本院伽藍屋根と彼岸花 迫り来る雲と彼岸花
橋本院界隈の静寂の道 秋の近しの橋本院本坊の庭 刈られた田んぼと橋本院伽藍 稲穂乾しと彼岸花1 稲穂乾しと彼岸花2
綺麗に咲く彼岸花と稲穂乾し 彼岸花と稲穂乾し 秋近しのコスモスと彼岸花 稲穂乾しに囲まれた彼岸花 写真展の模様

34 兵庫県多可郡中町間子の彼岸花と、
          加西市の北条五百羅漢を撮影に行く
  (2005.09.29)
 昨年インターネットの壁紙に、兵庫県中町間子で撮影された綺麗な赤、白と黄色の彼岸花が掲載されていたので、行ってみようと思っていたが実現しなかった。今日は雨上がりで快晴という天気予報に意気揚々と出かけ、この周辺で学生時代に撮影に訪れた北条の五百羅漢(今は、加西の石仏「五百羅漢」と云われている。)と久しぶりにご対面しようと、早朝4時半過ぎに自動車で出かけることにした。やはり、早朝は車の往来も少なく、中国吹田ICから中国自動車道で滝野社ICまで利用して、順調に6時20分頃に到着した。車1台分の駐車場に運良く駐車して、途中の西宮塩名SAで仕入れた軽食をいただきながら、周りを眺めていた。山裾の西側ということで、日が差していない土手を散策しながら、村の鎮守まで歩き、畦道を通って、彼岸花の彩りや形の良さそうなものはないかと探し、駐車場に戻って小休止する。赤い彼岸花は既に峠を越えて霜で白くなっていたり、枯れているものが多い。また白い彼岸花も下火になっていて、所々に咲いている黄色い彼岸花は、まだこれからという様子であり、綺麗に三色揃い踏みの時はなさそうでした。それにしても、壁紙の写真は、すごいなあー。
 程なく近くまで日が差してきたので、目的の被写体の方へと急いだ。数少ない黄色い彼岸花【本名は、ショウキズイセン(鍾馗水仙)と、云う。】をメインに撮影しようと決めて、水路沿いのところに三脚を跨げて立てて、28-300mmの望遠系ズームレンズで撮影を始めた。まだ光が差さない被写体を数枚撮影して、日の差すのを待った。やがて、黄色い彼岸花にも日が当たり、これはと思って撮影していたが、水滴や質感が表現できなくて結果はもう一つ。やれやれ、露出がうまくいかなかったのか、どうもバックが冴えないし、思ったように立体感が出ない。近隣の社(『やしろ』と、読む。)からカメラマンがやって来て、キヤノンの銀塩カメラ2台をポジとネガ用とに分けて、高級な100-400mm望遠ズームレンズを装着されていた。この望遠ズームは、野鳥撮影用に使用されておられるようで、羨ましい限りである。彼も黄色い彼岸花を撮影目的に来られていて、3日前にも来たが黄色い彼岸花は咲いていなかったようでした。『その時咲き始めという目星を付けていたところは、この先にありますよ。』との言に、少し後を追うように場所を移動した。
 
彼岸花を撮影しながら南側へ行くと、三脚を最低高さで堤面すれすれにセットして、かのカメラマンが黄色の彼岸花を前景にして、バックに赤い彼岸花を入れた構図で撮影されていた。当方は、早朝少し上の方から先に撮影していたが、同じクイックシューを使用していたものですから、『どうぞ、この三脚を使用してください。』との申し出に、カメラを三脚から外して装着した。やはり下からのアングルでは、『アングルファインダーも必要になりますね。』と言うと、『このアングルファインダーを利用してわ。』と、B型ファインダーを手渡されて装着してみると、どうも合わない。当方のデジイチはC型と聞いているので、アイキャップ側の寸法規格がどうも違うらしい。仕方なく、地べたに這い蹲る姿勢で、露出絞りを±2/3のズラシ撮影をさせていただいた。やはり、下から煽る撮影や花のマクロ撮影では、アングルファインダーは、それこそ必需品でしょうね。今年の年末には、調達可能でしょうかね。
 その後、早朝散策した場所に行ってから、途中に沢山の黒い糸トンボ?を見たので、彼岸花に止まらないかと注意しながら、駐車場近くの黄色い彼岸花の咲いているところに舞い戻ってきた。日が当たり、風も出てきて揺れている黄色い彼岸花を、色々と構図を変えて撮影していたら、他のカメラマンがやって来て、キヤノンの銀塩EOS 1vに、EF70-200mm F2.8L ISレンズに2Xのエクステンダーを装着されている。よくもまあ、高級機に高級望遠ズームをよく見かけるのは、やはりカメラやレンズの欲しい欲しい病にかかっているからなのでしょうか、他人の撮影機材が気になりすぎてしまいますね。まだまだ、我慢、我慢が大切です。
 しばらく雑談をしていたら、『たまに、黒アゲハチョウが飛んできていますので、散策しながら待ってみます。』との言を残して立ち去られた。当方結構お気に入りの黄色い彼岸花を、バックを青空にして撮影しようと、しゃがみ込んでみたものの、普通の姿勢では撮影できない。やはり、アングルファインダーがあればと思いながら、デジカメの良いところで、下から仰ぎ気味で撮影して、液晶で確認できる。気に入らない画像は、直ぐに削除することができるので、数枚撮影して自動車に戻った、カーナビを羅漢寺にセットしようとしたが、何故か出てこないので北条駅にセットしてから一休みする。
 10時に出発し、カーナビの案内に従って走行して、やっと平成13年11月に駅前整備計画で、新らしく立派な北条鉄道の北条町駅前に到着した。そこで、羅漢寺の道順を聞いて、やっと中国道の側道にある五百羅漢の案内看板のところを曲がって、11時前に拝観者用の駐車場に着いた。当たり前の話であるが、ほぼ45年前にJR北条線で来た印象と随分違っていた。拝観料200円也を支払って中に入る時に、三脚は石仏のある台(石仏のあるところは、一段高くなっている。)では使用しないでくださいと注意を受ける。中央に鎮座?されている石仏の阿弥陀仏の左右に分かれている羅漢と、久しぶりのご対面となった。まずは、光の当たり具合や、被写体となる石仏を選択?するかのように一回りして、手持ち撮影で羅漢を撮影し、三脚を立てて撮影できる外回りの羅漢を撮影した。
 直径約5cm位のボール玉の実をつけた椿を前景に、羅漢に内蔵ストロボを発光させて撮影していた。自動車内に置いてある自作の簡易レフ板を思い出し、そろそろお腹も空いてきた12時半頃であったので、昼食替わりになるものがあるかと受付に行ったが、なくてペットのお茶を飲んで一時退出の許可をいただいて取りに行った。直ぐに、もとの撮影場所に三脚を立てて、レフ板で椿の実の辺りに光を反射させながら、セルフタイマーで撮影をしていた。
 しばらくしてから、出雲市からというカメラマンも来て、最近五百羅漢や石仏に凝られているとのお話も聞き、熱心に羅漢を撮影されている姿に圧倒されて、ついに当方も羅漢を何度も見回りながら撮影に挑戦していた。刻一刻と木々の影が変化して、石仏群にも表情が変わってくる。しかし、デジカメの不得手な範疇なのか、撮影技術なのかも知れないが、日の当たっているところと、影の部分とのコントラストが強い撮影では、液晶画面でもどうも上手く撮影されていない気がする。一部露出レベルを-1以上に調整して撮影しても、目で見る感じと同一にならないので、多いにジレンマを覚える。やはり、銀塩の出番かな。
 撮影疲れもそろそろ現れ始めた頃に、赤トンボがやたら羅漢の頭に止まっていて、追いかけては撮影をしていた。もうそろそろ退散と思っていたが、光の周り具合で、石仏の彫りの深さが微妙に変化しており、地べたに座り込んで仰ぐ写真も撮影するが、バックの木々は風に揺られて、撮影のタイミングが難しい。午後1時半過ぎにもなって、お腹も空いてきたし、撮影疲れも出てきたので、撮影を切り上げて帰ることにした。
 加西ICから最初の社PAに入って、軽食と小休止を兼ねて、午後3時前に自宅へ携帯メールで『早ければ、午後5時過ぎになるでしょう。』を発信し、一路中国自動車道を吹田方面へ走らせた。やはり舞鶴道や山陽道が合流して来ると、徐々に自動車道も混雑が激しくなってきたが、平均80Km/hで走行できて午後3時40分には中国吹田ICを出ることができた。しかし、いつものように、近畿自動車道の側道はラッシュさながらのノロノロ運転となり、近畿自動車道を利用すれば良かったと後悔しながらガマンして走り、少し渋滞する国道163号線から、予定時間より早い午後5時前に帰宅できた。往復232Kmの撮影ドライブでした。
朝日に照る黄色の彼岸花 輝く赤と黄色の彼岸花 色鮮やかに咲く黄色の彼岸花 綺麗に咲いた彼岸花 赤と黄色の彼岸花
赤白黄色の彼岸花 色映える黄色い彼岸花 色鮮やかな黄色と赤の彼岸花 お空を仰ぐ彼岸花 綺麗な白と赤の彼岸花
咲き初めた黄色の彼岸花 青空に浮かぶ黄色い彼岸花 左側に並ぶ五百羅漢達 薬師如来の石仏 威厳のある羅漢さん
穏和な顔立ちの羅漢 綺麗な顔立ちの羅漢 ユーモラスな顔立ちの羅漢像 おすまし顔の羅漢 椿の実と五百羅漢1
強面顔の羅漢さん 大きな羅漢と本堂 羅漢像に止まる赤とんぼ1 椿の実と五百羅漢2 羅漢像に止まる赤とんぼ2
優しそうな顔立ちの羅漢 襟巻き?を巻く羅漢 睨みをきかす羅漢像 外国人的な顔の羅漢 女性らしさが漂う羅漢

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